蒼い月の下で 本文へジャンプ
『シアワセナトキ』

 夏が過ぎ、季節は少しづつ秋へ向かう。セミが最後の力を振り絞り鳴いたかと思えば、夜にはコオロギ・鈴虫などが見事な演奏を披露する。  君と出会う前は、こんな風に季節を感じたことはなかった。実際の気温だけが僕にとっての「季節」だったのかもしれない。高校教師になってからは、毎年聞かされる教頭先生の小言のせいで少しだけ厭な季節になって。君に知らず知らず惹かれるようになってからは、くすっぐったいような季節に。移ろいゆく季節のように、この時期に対する印象も変わって行った。そして、今は……。

 先生に出会う前は、9月に入ってすぐの時期はどうしても夏休み気分が抜けなくてぼんやりしていたような気がする。でも、先生にいつの間にか恋して、一年で一番好きな時期に変わった。夏の名残りのようなまぶしい日差しも少しづつ和らいで、空が高く感じるようになっていく、そんな季節。
 私は高校を卒業してから、念願だった一流大学に通うようになった。教員免許を取りたいと言ったら自分のことのように喜んでくれた。教育実習も先生のもとでさせてもらえて。その時の生徒たちにからかわれて、二人で真赤になったのもいい思い出になる。結局、高等部ではなく中等部で採用されて、同じように「先生」と呼ばれるようになった。

 休日、僕らはのんびりと猫たちと昼寝を食む。ふいに君が伸びをするように起きるのを感じた。散歩していて偶然に見つけた、海が見える小さな家。たまたま売りに出ていたこの家に、猫たちと共に引っ越して、君も一緒に暮らすようになって。手を伸ばすと君がいて、名前を呼ぶとすぐに振り返ってくれる、そんなささやかな日常がこれほどまで幸せだったとは。放浪していた頃の僕にはきっと想像できなかったと思う。
「どうしたの?」
「実は……雨が降ってきたような気がして。」
窓の外にはふた組の白衣。まるで手をつなぐように潮風に揺れている。
「え?ほんとうですか?」
少なくとも雨粒は見えない。
「……雨の匂いがするんです。ほら。」
言うが早いか、空からポツリポツリと落ちて来た。
「だから、洗濯ものを入れてきます。」
「待って。僕も手伝うから。」
二人で慌てて、太陽の香りがまだ残る洗濯物を取り込んで、間に合ったと笑いあう。こんな一瞬一瞬が僕にとってしあわせなとき。
「そうそう、実はビッグニュースがあるんですよ。」
君は満面の笑顔。
「どうしたんですか?そんなにニコニコして。」
その後に続いた言葉に僕はもっと驚かされる。
……来年の春、私たちはパパとママになるんですよ。だから頑張りましょうね、パパさん!


(終わり)

卒業して、デイジーが新米教師して…、なSSですw
保健の先生と迷いましたが、同じ系統の教科という設定で。