『一年で最も憂鬱な…』
今年も私にとって憂鬱な日がやってきた。11/6、私の誕生日である。毎年、どこから聞きつけたのか、生徒が私に誕生日プレゼントと称して贈答品を渡そうとする。私は教師だ。生徒からの贈答品は受け取るわけにはいかない。たいていの生徒はこの一言であきらめる。
ところが、我が氷室学級のエースにして、吹奏楽部のバンマスの小波だけは違っていた。1年目も、2年目も上記のとおり断っていたのだが、「そうですか。残念です。」とだけ言って少しばつの悪そうな顔で立ち去っていた。さて、今年もその日がやってきたが…。
もうすぐ、文化祭ということもあり、毎日吹奏楽部で最終確認を行っている。3年生は部活に参加しても演劇に参加してもいいのだが、今回の3年生は小波をはじめ、大多数が部活に参加している。たしかに、3年が入ると、音が安定するし、深みも出るのでありがたい。ただ…、私は気付かなかった。そこには、とあるプロジェクトが隠されていたとは。
いつものように指揮棒を振り、いつものように部活を終了しようとしたその時だった。きっと内緒で合図をしたのだろう。「Happy Birthday To You」の演奏が流れた。普段の私ならそれほど気に留めなかったのかもしれない。むしろ、聞き流していただろう。しかし、今年の私は何かにとりつかれたように立ち尽くしてしまった。
「氷室先生、お誕生日おめでとうございます」 代表して小波がこう告げたのち、部員全員が一斉に「お誕生日おめでとうございます」と告げた。
「お、お前たち…。いつの間にこんなことを。」と言うのが限界だった。私らしくないが、油断をすると感情が表に出てしまいそうになる。
「すみません。迷惑でした?」小波がきまりの悪そうにこう続けた。「実は、部員のみんなからこういうことをやってみよう、という話が出まして。先生には内緒で練習しよう、ということになりました。」
「わ、わかった。でも、こういうことは今年だけにしなさい。来年からはやめてくれないか。」こう告げるのがやっとだった。それと、「小波、あとで職員室に来なさい。今回の件の詳細を後ほど聞く。」とりあえず、これだけのことを告げて私はこの場を立ち去る。
「氷室先生、失礼します。」小波が職員室に来た。…実は、事情を聞くのはある意味口実に過ぎなかったのかもしれない。そういえば、今年は例の件がなかったのも気にかかったからだ。
「どうして、あんなことを?」
「氷室先生は、生徒からの贈答品は受け取れない、っていつも言われていましたよね。でも、気持ちだけでも、という生徒って私以外にもいっぱいいるんですよ。そこで、部員の有志で考え付いたのがあれだったんです。」
「そうか…。了解した。本当は教師としてこんなことを言うのはおかしいかもしれないが、その…、慣れないのだが、感謝している。」
私からこんな言葉を発せられるとは思わなかったようだ。少し驚いているような表情の小波にこう続けた。「これから下校するのならば、家まで送るが。」
小波は「はい、お願いします。荷物を取ってきます。」と告げて職員室を出て行った。少し安堵したような表情だった。
校門の前で小波を乗せ、彼女の家へ向かう。信号で止まった時、小波が「あっ!」と告げて、慌ててカバンの中から書類を出す。
「氷室先生、これ、毎年お断りされていますが…。誕生日プレゼントです。」 少し戸惑うような声で言った。私は思わず苦笑いした。
「君の気持は嬉しいのだが…。しかし、私は生徒からの贈答品を受け取るわけにはいかない。まあいい。今回は特別だ。で、これは何だ?」
「私なりの卒業論文です。」 「では、家に帰ってから読ませてもらおう。…、着いたぞ。」 私に一礼をして小波は自宅へと入って行った。
自宅に帰ったのち、件の論文を読んでみる。そのとき、一枚のメモがすべりおちてきた。
「大好きな氷室先生へ。お誕生日おめでとうございます。先生の生徒でいられることを誇
りに思います。小波美奈子」 しょうがない生徒だ。まだ、それほど遅い時間でもないようだから、電話をしてみよう。
「もしもし、私だ。…ああ、読ませてもらった。よく書けている。…今度の日曜、君をドライブに連れて行こうと思う。…デートじゃない、課外授業だ。…そうか。わかった。では、来週の日曜、君の家まで迎えに行く。では、明日学校で。」
氷室先生誕生日記念で作ったSSです。
かなりの初期作www
氷室先生が冷静さを欠いて、思わず声が上ずるところが妙に好きです。
いや、かっこいいんですよ、氷室先生は!だけど、こういうときは思わず「かわいい!」って叫びたくなるwww
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