蒼い月の下で 本文へジャンプ
『Bitter or sweet?』(氷室×主×益田)

 零一は軽く舌打ちした。
「なんだって、この私が……。」
それは一本の電話からだった。
「零一、今から15分以内に店まで来れるか?」
「……俺を誰だと思ってる?それになんだってお前の店に行かなければ……。」
「じゃあ、彼女に零一の小学校時代からずっと今までの話をしてもいいか?」
……なんだって彼女が益田の店に?それに今はまだ1時25分だ。いくらなんでも夕方開店(一応)の店にしては早いんじゃないだろうか?
「わ、わかったから。それだけはやめろ。」
「そうこなくっちゃ。じゃ、待ってるからな。ふ・た・り・で。」

 急いで愛車の鍵を取り、シートに収まる。エンジンをかけて滑らかに発進させて、マシンと一体になるこの瞬間が好きだ。だが、今日は……。
「少し、行動を見直してみるか。」
信号に停まったときに、ふと我を思い出すように。ここ最近、俺の周りで起きることに微妙な違和感を感じていた。だから、少し見直そう。

 祝日だったから、2月11日のことだ。緊急の所要ができたため、商店街に行くと、益田と彼女が何やら楽しげに笑っていた。声をかけようとしたが、なぜかかけそびれた。と、いうのも二人で仲良くスーパーに入っていくのを見たからだ。まるでその光景は、恋……人のようでもあり。それまでは学校で授業が終わると毎日のように質問に来てた彼女が翌12日からよそよそしくなり、むしろ避けられている感じすらした。
「もしかしたら、益田の奴……。」
そう思うと、なぜあの時カンタループに連れて行ってしまったのか後悔してしまう。奴に合わせなかった方が良かったのではないか、少なくとも今の段階では。
 2月14日が日曜ということもあって、今年は1日早いバレンタイン受付箱の中にも彼女のものは入っていなかった。毎年持ってくるたびに「チョコは受付箱に入れなさい。」と告げたが、今年は私に持ってくるどころか箱にも入れていないらしい。それでも、仲がいい葉月・守村・姫条・鈴鹿・三原に廊下で渡しているらしき様子を発見した。だから、バレンタインのことは忘れていない、はずだ。……信号が変わったな。

 いつもの定位置に車を止めて、重い木の扉を開く。
「よっ、時間通りだねぇ。さっすが、零一。」
「……当たり前だ。」
店内に入ると、いつもと違う香りがする。ふだんは煙草や酒の匂いが充満するこの空間に、今日は甘い香り。
「……いらっしゃませ。」
そう言って、彼女はカウンター奥のキッチンから顔を出す。
「……どういうことだ、説明しろ。」
「まあまあ、それよりも座れよ。」
ここで話していても仕方がない。益田に勧められるままに席に着いた。
「どうぞ。」
そう言って彼女は静かにコーヒーを俺の前に出す。そしてそのままキッチンへまた戻って行ってしまう。
「これはいったいどういうことなんだ?それに彼女のアルバイト先はお前の所じゃないだろ?」
義人はにやにや笑うだけ。そうこうしているうちに、今度は皿の上に乗せた黒っぽいチョコレートケーキらしきものを用意してきた。
「先生、どうぞ。」
少し湯気の上がるその物体からの香りが鼻腔をくすぐる。
「零一、それを食べたらわけを話してやる。その代り食べないのなら……、分かってるな?」
「……全く、お前は。それに私は教師だから生徒から個人的な贈り物を受け……。」
「じゃあ、今日は小学校1年の話から始めようか。」
……聞いてない、のか?
「……わ、分かったから。食べればいいんだろう。」
そう言って、添えてあるスプーンでケーキをそっと崩しながら口に運ぶと、中からとろりとチョコレートがとろけ出す。
「フォンダンショコラです。……先生、どうでしょうか?」
心配そうにのぞく瞳にウソはつけない。
「よく……できているな。これのために、私を?」
「そういうことだ、零一。じゃあ約束通り、説明しよう。」

 その日、オレは店の仕入れを兼ねて商店街にいた。だいたいのものを買いそろえて、そろそろ帰ろうかと思ったところに彼女から声をかけられたんだ。
「あれ?マスター……さんですよね?」
オレはそうだけど?って言ったら、何やら深刻そうな顔をしてこう話したんだ。
「実は、相談があるんですけれど。」
「もしかして、零一のこと?」
そういうと、彼女はこくりとうなづいて
「もうすぐバレンタインですよね?だから、その……。」
「ま、オレでよければ協力するよ。大切な零一の生徒さんだもんな。」
そう言って、オレたちはスーパーまで買い出しに行ったわけ。で、まだ時間があったから、一度オレの店で練習してもらって今日に至る、っと。

「その間、先生にこの計画が分かっちゃうときっと来てくれないだろうから。そう思って、なるべく避けていたんです。それに、マスターさんに迷惑かけちゃいけないなあって思って。本当は質問、行きたかったんですけれどね。」
 彼女はそう言って、うつむいてしまった。
「……まったく、君は。」
呆れかえりながらも、そのような行為をなぜか疎ましく感じなかった。
「今度からは……ちゃんと言いなさい。」
「今度って……私、もうすぐ卒業なんですけれど?」
「そ、そうだったな。……受験勉強はどうなってる?」
キッチンの奥に戻って一冊のノートを手にしてきた。
「先生、質問があります!これさえ終われば今日の予定は全部終了なんです。」
……屈託のない笑顔でそう言われると、不思議と悪い気がしない。
「どれ、貸してみなさい……。」
ノートにはびっしりと彼女の字が書きこまれていて、いかにもという気がした。
「ちょっといいかな、お二人さん。」
益田が何やらいいたげだ。
「そこ、今から掃除したいんで、奥でどうぞ。……ごゆっくり。」
仕方ない、今日くらいは益田と彼女の策略に乗ってやろう。彼女が希望する道に進めるように、私がその時……いや、今はよそう。いつか伝えるべき時に伝えなければならないことはそれまで取っておくとしよう。

(終わり)

実はこれ、少し前にできていたのですがなぜかパソコが言うことを聞いてくれず見事フリーズしちゃいましてぶっ飛んでしまいました(汗)
氷室先生と益田さんはこんな感じの関係がなぜか大好きです。